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完璧主義の裏返し

なんやかんやあれやこれや。ぬるっと再開。

『シン・ゴジラ』を見たくてしょうがない理由を考えてみる

映画の話 考えたこと

こんにちは。増田レイです。 今日もちょっと長めです。

 

ちょうど一か月前のツイート。

 なぜか無性に観たくてしょうがなかった『シン・ゴジラ』。

今では多少その熱は収まりましたが、それでもなお観たいことには変わらず。

しかし私はなんと、(日本の)ゴジラをキチンと観たことがないのです(ゴジラファンの皆さまごめんなさい)。

一応観たといえるのは、新しいほうの(イグアナじゃないほうの)アメリカゴジラ。しかしテレビ。

あと、本当に、本当に一応観たのは初代ゴジラ。しかしこれは大学の授業で観たもの。しかも、この時私は寝ました(本当にごめんなさい)。ただ! これはゴジラがつまらないんでなくて、授業がつまらなくてつまらなくて仕方がなかったんですよ! だって横からぐちゃぐちゃ言われながら、何度も止められながら見る映画なんて、映画なんて……映画じゃない! 正直そんな風に観させられるんだったら、寝たほうがマシだと。*1ちなみに私は授業でめったに寝ません。というかこの授業くらいだった。

で、私とゴジラといえばそれくらいの関わりに思えるのに、なぜとてつもなく観たくなってしまったのか。それがちょっと気になったので、考えてみました。

なお、ゴジラについて勉強不足なところが多々見受けられると思いますが、どうか怒らず、そっと教えてやってください。

 

 

原因その① 衝撃的な特報映像

私が新作ゴジラをやると知ったのは映画館でした。

いつ、何の映画を観に行ったときかは忘れてしまいましたが、忘れられないのがあの映像、新作ゴジラの特報映像でした。

『シン・ゴジラ』特報

映像は突如、人々が道路上で逃げ惑うところから始まります。手持ちカメラの、ブレブレの。撮ってる本人も逃げているところ(本人と思しき声もアリ)。

そして出演の三人の名前が黒バックでドンと出て、また逃げ惑うシーン、次にスタッフ三名、逃げ惑うシーン。そして、あの咆哮と共に、赤バックで『シン・ゴジラ』。「JULY 29,2016」「乞う・御期待。」。

出ている映像は群衆が(何かから)必死で逃げているもののみ。30秒ちょっとのこの映像に、私はガッとつかまれてしまったようです。

やはりタイトルを最後に持ってくると、これはなんだと見入ってしまうわけで。ただそれだけじゃなく、大勢の人が逃げ惑う(しかも日本の、よく見るような景色の中で)映像には、かなりのインパクト、求心力があるのだなと。

この32秒の特報で、映像の力を改めて感じたわけですが、なぜ逃げるシーンにここまでの力があるのか。

ひとつは、何から逃げているかわからないこと。最後まで見れば、ゴジラから逃げているとすぐわかりますが、如何せんタイトルは出ていないので、最初はわかりません。なので気になる。

もうひとつは、やっぱり群衆のシーンは迫力があるのかなと。量より質とは言いますが、やっぱ数の力は大きい。モンタージュ理論でおなじみ、『戦艦ポチョムキン』の「オデッサの階段」。これも散々見せられて多少嫌になってますが。本来、モンタージュ理論の説明で使われるやつですが、こいつも人がたくさん出てくる。民衆が逃げ惑うやつです。階段というロケーションもありますが、やっぱ迫力が出るんですよ。

まぁモブの力なんていうのは、あちこちでそれこそ散々言われてるんだろなーとは思いますが、私はこの特報で改めて感じたのです。

あとは「逃げ惑う」ってこと自体に、よるのかなぁ。あの特報映像では、俯瞰ショットはなく、ほとんどが人の目線の映像。カメラ本人も逃げてるわけですから(一か所だけ、バス内からだけど)。人の表情がよく映ってるんですよ。パニックになってる顔、必死な顔、そういった表情、逃げ惑う行動、この辺が、自分も逃げなければ、って感じの切迫感を伝えてくるんだろうなと。その駆り立てられる感じが、この映画はなんなんだ!? っていう興味と一緒になって期待感が上がったのかなぁとも。

ちなみにこの特報が気に入ったのは間違いなく、何度も繰り返し見ています。ほかの特報、予告もありますが、これが一番好き。音楽が入っていなかったのも、あるのかも。

 

原因その② 庵野秀明庵野作品ファンの方が期待するような話でなくてごめんなさい)

さて、『シン・ゴジラ』の総監督・脚本は庵野秀明さんですが。これもちょっと魅力。

なんですが! 先に言います。ごめんなさい。庵野さんの作品は、観たことがありません。いやあるけど。エヴァとかは観てません。ごめんなさい。

なのになぜ魅力なのか。

アホウと言われるの承知で言うと、ドラマ『アオイホノオ』のせいです。えぇ。アホウ。

私はいかんせん、福田雄一ファンですから。当然のように『アオイホノオ』を見ていたわけですが。その中で庵野ヒデアキ(秀明)という人は、もう、すごい人なわけです。主人公ホノオから見てもすごいし、素人の自分から見てもすごいわけです。ここで、私が見たという庵野さんの作品が出てきます。


へたな鉄砲&じょうぶなタイヤ

(こんな音楽ついてたっけ)

庵野さんが大学生時代に制作したという、パラパラ漫画(アニメーション)。

落ち込むよ。これはホノオ君でなくたって自信なくすよ。

そんなクオリティのものを学生時代に作ってしまった庵野氏。そんな氏に、島本氏と福田氏のフィルターを通してですが、私は絶大なる憧れと期待を持っているのです。

また、素人の私の庵野さんのイメージといえば、やっぱりアニメ。そんな彼が実写の、そしてゴジラを作ったらどうなるのか、それも気になってしょうがないのです(『アオイホノオ』にもゴジラがでてきます)。

もうひとつ。もう、庵野さんの作品とは何の関係もないですが、私は彼の声のファンです(『風立ちぬ』より)。えぇ。アホウ。

 

理由その③ 恐怖のゴジラ

きちんとゴジラ、日本のゴジラを観たことがない私ですが、そんな私のゴジラのイメージはどうやらなぜか初代に近いようです。

ゴジラといえば、恐い。

街を破壊するゴジラ。逃げる人々。

私が知っているゴジラのシーンは、ゴジラがテレビクルーに向かってくるやつです。

アナウンサーの必死な実況と最後まで取り続けるカメラマン。見ようによっては滑稽なんですが、あの最後の、「さようならみなさん」がやけに胸に来るのです。

ゴジラとは、恐怖そのもの。そのイメージが私にはあるのです。

だというのに、何も知らずにテレビで見たアメリカ版ゴジラ(マグロばっか食ってない方)は、GOD GODと言われていて、すごく違和感。

確かにゴジラは変遷がすごく、(人間から見て)悪になったり味方になったりお笑いやったりと忙しいようで、どのゴジラを見たかで人によってイメージがガラッと変わってしまうようで。

私の中のゴジラは初代ゴジラなのです。

ゴジラは恐いんだけど、ゴジラに悪意はないのだろうとも。自然の脅威、という感じですかね。ゴジラにとって人間というのはほとんど眼中にないんだろうと。その点では、アメリカ版ゴジラ(省略)のゴジラも同じといえば同じで、あれはただ自分を守った結果、人間も助けてしまっただけで。あれをGODと呼ぶアメリカ人はよくわからない。そんな自然崇拝的だったっけ。

で、『シン・ゴジラ』もそんな恐いゴジラ、人間と敵対してしまうゴジラのようなので、ちょっとワクワクしているのです。

ちなみに、初代と同じらしいあの咆哮ですが、これはほとんど記憶にないので、私の中で同じだからどうこうという感じはないです。ただ単純に、テンションはあがります。

 

ってかんじで見てきましたが。

そうそう、私に最も観たい! と思わせたのは最初の特報映像だったので、役者さんとかには触れてませんが、すげーと思ってます。長谷川さん、いいと思います。

あと、後の映像で出てくる、あの破壊後の街、あれもかなり観たいと思わせてます。

まぁ大きい部分はおおよそ上にあげた3つだろうなということで。『シン・ゴジラ』、観たいんです。

最近なかなか映画館に行けず、映画から遠ざかってますが、次観るのはきっと『シン・ゴジラ』でしょう。

そう、最後にもう一つ。やっぱりごくごくシンプルに、あのゴジラが、スクリーンに帰ってくる! それだけでもやっぱり魅力なわけです。

*1:何度も見ている映画をもっとより詳しく観たい時は全然アリな手法ではあると思います。好きな映画であれば、同じように好きな仲間とそういうふうに観るのはむしろ楽しいのかもしれない。